ひろいの徒然ブログ

アパレル生産管理自営の日々や子育て

【アパレル雑談 1900年代のオシャレさん紹介】お仕事の徒然

おはこん失礼。ひろいです

今回は僕が今後ブランドを作るにあたって背景の一つにすることの一つ

1900年代の前半のファッションを自身の勉強がてら、ブログに残します。

基本ヨーロッパのことが多めになります。すきなので。ショートブログ。

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左 エドワード・プリンス・オブ・ウェールズ 右 エドワード7世

一人目の紹介はスーツに関係性の深いエドワード7世(エドワード・プリンス・オブ・ウェールズ)。

1901年に英国王に即位した方。

若い頃からロイヤルファッションのアイコン的存在で、彼のファッションは必ず流行し、確実に経済効果と結びついてマスコミの話題となる。

彼の普段着スタイルが一気にファッションのカジュアル化という流れを生み出した。堅苦しいドレスコードはあったが、エドワード7世統治下(それ以前からだが)彼独特のエスプリ(機知)が彼を象徴するテーマとなっていた。

 人々は威厳の中にも計算された優雅さをもつ彼のスタイルに感化されてちぢれた口ひげに先の尖ったあごひげという彼の風貌まで真似をした(現代ではこういう人は少ないですね)。彼は大の洋服好きで、世界で最も多くの洋服をもっているとも言われていた。

 さらに彼は1866年以降ヘンリー・プール(1806年設立の老舗メンズウェアメーカー)を贔屓にして、その評判を聞きつけてヨーロッパだけでなくアメリカやほかの国々から、王族・貴族・資産家などの紳士たちがこぞってロンドンを訪れ サヴィルローにあるその仕立て屋で服を作った。

 

※サヴィル・ローは男性にとって暇つぶしの場所であり、泊がつく場所。紳士クラブのような場所。ロンドンのピカデリーの北側に位置する通りの狭い一画の総称。19世紀の初頭からテーラード界の中心的存在だった

 

そして二人目プリンス・オブ・ウェールズ エドワード8世。

彼は伝統や自分の肩書きにふさわしい服装 というものに飽きあきしていたので、一人の時はコートも脱いでネクタイを外し襟をゆるめて 袖もまくる。そんなのが好きな人だった。

 容姿端麗で魅力に溢れる気さくでおしゃれなエドワード8世は大衆からの人気が絶大で、世界中のマスコミが彼を追いかけた。

彼の贔屓にしていた店はサヴィル・ローのショルツ(ドレープスタイルのスーツの産みの親、伝説のテーラーと言われている)。40年にわたってショルツはエドワード8世のテーラーを務めた。

世界一の伊達男と言われたエドワード8世の服装は外遊先でも注目の的で、アメリカでは特に細かく取り上げられた。これがきっかけでロンドンのテーラード技術の評価はあがることになる。

 

 

下記は添付の写真のことについて

左 エドワード8世

ストライプスーツに写ってないがソックスもストライプというおしゃれ。ホンブルグ帽というフェルト帽をかぶって 胸元にコサージュ 手にステッキ。

 

右 エドワード7世(8世のおじいさん)

ダブルのフロックコート。肥満気味でちょっとお腹も出てきたので楽に着れるスタイルとして金具で前身頃を留める方法を考案した。この写真では工夫でシングルのジャケット風に着こなしている。

 

 

 

100年以上も前の時代の人なのに、今見てもおしゃれと感じるし真似もしたくなる部分もある。王族なので出来ていた服装なのも当然あるが

ゆくゆくは僕のブランディングの基礎となる庶民と言われる人々の服装にも影響が伝わっている人達なので

一回目の紹介とさせていただきました。

 

ではまた!

 

 

参考文献

キャリー・ブラックマン 著

ONE HUNDRED YEARS OF MENSWEAR